2021.3.18 - 2024.5.23
日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラーの國井(くにい)です。
今回はPGT-Aについて思うことがあったので書いていきたいと思います。
以下、目次になります。
=目次=
PGT-A(Preimplantation Genetic Testing for Aneuploidy)
日本語にすると、
着床前染色体異数性検査
(ちゃくしょうまえせんしょくたいいすうせいけんさ)
です。
簡単に説明すると、
体外受精においてできた胚(受精卵)の染色体の数を、移植する「前」に調べてしまう
方法です。
なぜ、移植前に胚の染色体を調べる必要があるのでしょうか??
それは、
胚に染色体の異常があると、着床しないもしくは着床してもその後流産してしまう可能性が高いから
と回答することができます。
体外受精とは、精子と卵子を人工的に直接出会わせて(受精させて)、それを子宮に戻す方法です。
受精した様子も確認し、その後ある程度分割した様子も確認したうえで移植するため、妊娠のメカニズムを考えてもあらゆる過程をパスできるので、
「あとは着床するのみ!!」
と大きな期待ができそうです。
、、、が、実際には
体外受精の胚移植あたりの妊娠率は平均すると3割ほどで、半数以上は着床することなく陰性判定となってしまいます。
着床しなかった場合、その原因が子宮を含めた移殖時〜移植後の母体側の環境に見つかる場合もありますが、
移植胚そのものに染色体の異常があった可能性
は否定できません。
移植が陰性だった際、医師より
「おそらく移植した卵に力が無かったのでしょう」
と言われている相談者様を時折みかけますが、これは
「おそらく移植した胚に染色体の異常があったのでしょう」
と翻訳することができます。
移植判定の狭き門をくぐり抜けて着床という結果に結びついたとしても。
残酷にも、今度は流産という恐怖と隣り合わせの時間がそこからスタートします。
不育症の第一人者である杉ウィメンズクリニックの杉先生の著書には以下のように記されています。
人間の場合、流産は誰でも約15%の頻度で起きます。
たとえば1人の女性が10回妊娠すれば、そのうち1〜2回は流産するし、我々産婦人科医の立場で言えば、外来に10人妊娠した人が来れば、必ずそのうち1〜2人は流産するのです。そしてその理由の多くは胎児側の染色体異常によるのです。
杉俊隆・著 (2009)不育症学級 金原出版
そして、この流産の確率を年代別にすると、
35歳で約20%
40歳で約40%
42歳で約50%
と増していき、
これら各世代に起こりうる流産の実に80%は胎児の染色体異常によるものである
ともつけ加えられています。
「この染色体異常“以外”で起こってしまう流産の原因らしきものが見つかるのであれば、そこにアプローチをしていきましょう」
というのが一般に行われる不育症治療です。
つまり、
胚の染色体異常そのものに直接介入できる治療手段は現時点では存在しません。
「であれば、体外受精を行った際に、胚から直接細胞を少しとりだして、その胚の染色体の数的異常の有無を事前に調べて、異常がないと分かったものだけを移植すればいいのでは?」
という試みがPGT-Aなのです。
PGT-Aを理解する上では、「染色体とは何か?」を簡単にでも理解する必要があります。
誰もが学生の頃に習ったはずの染色体ですが、一度簡単におさらいしておきましょう。
まず、
身体をつくるための設計図をDNA
といいます。
このDNAに基づいて、筋肉・骨・器官・臓器・血液など、ヒトの身体の全てがつくられていきます。
では、染色体とはなんでしょうか。
染色体とは「DNAをまとめているもの」です。
DNAが「身体をつくるための一枚一枚の設計図」だとすれば、染色体はそれをまとめているバインダーや本のハードカバー
のようなものだと思っておけば理解しやすいかもしれません。
ヒトのDNAの枚数は膨大で、とても1冊の染色体にはまとめきれません。
ゆえに、
染色体は全23巻で構成されていて、しかも1巻1巻それぞれが2冊ずつ
あります。
23巻全てに上下巻があるとイメージするとわかりやすいでしょう。
つまり
染色体とは、23巻全46冊の「身体の設計図辞典」
のようなものです。
60兆個あるとされるヒトの細胞一つ一つには核が存在し、その核のなかにはこの23巻・46冊の染色体が格納されています。
(※無核細胞もありますがここでは割愛します)
身体のどの細胞も染色体という名の身体の設計図辞典を持っていて、個々の細胞が自身のするべきことの書かれたページを開いて、その設計図に基づいて仕事を全うしているのです。
身体中のどの細胞も23巻46冊の染色体を持っていますが、
例外的に23巻の上下巻の一方のみしか持っていない、つまり23巻23冊の染色体しか保有しない細胞も存在します。
それが精子および卵子です。
精子と卵子が受精し、それぞれから23巻各巻の1冊ずつをもらうことで、それが各巻の上下巻となり、身体の設計図辞典である23巻46冊の染色体は完成し、また一つのヒトの生命が誕生します。
※厳密にいうと、受精直後は卵子にはまだ46冊の染色体が存在し、後に余分な23冊を細胞外に放出しますがここでは割愛します。
23巻それぞれの上下巻いずれか1冊ずつを持ってくるはずの精子と卵子ですが、
ある巻を1冊も持ってこなかったり、またはある巻を2冊持ってきてしまう精子及び卵子というのも存在します。
こういった精子及び卵子のもとに誕生した受精卵は、染色体23巻のうちのある巻が上下巻のどちらか片方しか無くなってしまったり、
ある巻が1冊余分に多い3冊構成になってしまったりします。
ある巻が1冊少なくなってしまうことをモノソミー、
ある巻が1冊多くなってしまうことをトリソミー
といいます。
先に述べたように、身体の設計図辞典である染色体は本来、23巻それぞれの巻が2冊の全46冊構成です。
染色体に基づいて各細胞が協調して人体を形成していく過程で、染色体に過不足があると混乱をきたしてしまい、どこかの段階で生命活動を続けれられなくなる可能性が高くなってしまいます。
着床前診断の有効性を以前より訴えられている大谷徹郎先生は、著書で以下のように書かれています。
常染色体モノソミーの受精卵から生児が得られることはありません。着床すらしないのが大部分です。
常染色体トリソミーの場合はどうでしょうか。13番、18番、21番のトリソミーの受精卵からは赤ちゃんが生まれる可能性があります。
〜
その他の常染色体トリソミーは、重複する遺伝子の数が多い、あるいは、重大な影響を及ぼす遺伝子があるといった事情で胎児期に、流産、死産してしまいます。
トリソミー13、トリソミー18の胎児が生まれるまで育つ確率は2〜6%、そのうち生後1年以上生きることのできる赤ちゃんはごく一部です。トリソミー21(ダウン症候群)の胎児も79%は流産してしまいます。
大谷徹郎 大石祥子・著(2018) 着床前スクリーニングQ&A はる出版
つまりこういうことです。
ある胚を移植したとして、これが着床しなかったり、着床したとしても流産してしまった場合、考えられる原因の多くは胚の染色体異常がしめます。
移植陰性や流産という経験は本当に辛いものです。
「着床しない、もしくは着床したとしても流産してしまう運命にある」
と、もしも移植前から答えがわかっているのなら、ほとんどの方は移植することを選択しないでしょう。
23個全ての染色体が、それぞれ2つずつとなっているか
これを、胚盤胞になった時点で細胞を採取し、事前に調べる試みがPGT-Aという方法なのです。
※このブログは、ダウン症をはじめ、染色体異常をもって生まれてくる生命を否定するものでは一切ありません。
あくまでも、体外受精において移植陰性が続いていたり、流産を繰り返していたりという辛い経験をされている方に対して、選択肢の一つとして近年着目されているPGT-Aの理解の一助を目的とするものです。
一見、やることにメリットしかないようにみえるPGT-Aですが、実際には懸念される点もあります。
第一に、少なからず
胚を損傷してしまう可能性
です。
PGT-Aは胚盤胞になった胚の外側の部分の細胞(栄養外胚葉(TE)といいます)を数細胞とりだして行われます。
この行為が胚に及ぼす影響はまだ明らかになっていません。
もしもPGT-Aの結果、正常胚だと判定されたとしたら。
細胞摘出によって胚が負う未知のダメージを考えれば、
「正常胚なのであればPGT-A自体をしなかったほうが良かった」
という可能性は否定できません。
第二に、検査の精度が100%というわけでは無いため、例えば
本当は染色体異常のある胚が正常胚と判断され移植されてしまう可能性
もあります。
また、それとは逆に
本来は正常胚のものが、異常胚と判断されてしまい廃棄になってしまう可能性
もゼロとはいえないのです。
前者であった場合は、PGT-Aをした意味自体が全くありませんし、後者であった場合は
「もしPGT-Aをしなかったら」
と考えるとなんともいたたまれません。
また、正常な染色体の細胞と染色体異常のある細胞が混在する「モザイク胚」と判定されることもあります。
モザイク胚は移植するべきかどうかを決めるのが非常に難しく、悩まれる方も目にします。
PGT-Aを希望する際は、これら懸念点に対する理解・同意を事前にクリニックに確認されることになります。
東京都内の主要な不妊専門クリニックでは、PGT-Aが広く行われています。
今では日本産婦人科学会主導の臨床研究に正式に参加しているクリニックもかなり増えました。
それと同時に、当院にいらっしゃる相談者様の中でも、PGT-Aありきで体外受精に取り組まれている方がみられます。
では、実際にその結果はどうなのか。
私の中で特に印象深かった2名の方の経過をご紹介したいと思います。
30代前半女性。
東京都内某クリニックにて体外受精をするにあたり、体質改善を目的にくにい治療院にも来院。
その後、定期的に不妊鍼灸を受けながら体外受精。
胚盤胞移植で妊娠。
不妊専門クリニックを卒業し、産科へ転院。
しかし、胎児ドックで染色体異常の疑い。
羊水検査で胎児の染色体異常が確定し中絶手術を受ける。
その後、PGT-Aのできる東京都内の別の不妊専門クリニックへ転院。
採卵し、PGT-A。
4つの胚が正常胚と判定される。
1つ目の正常胚移植で妊娠。
無事に出産。
出産から2年後、
2つ目の正常胚を移植し妊娠。
2021年3月現在、順調に経過中。
まさに、結果的にPGT-Aをしたことが正解と言えるであろうケースです。
先に述べたように正常胚は、胚が持つポテンシャルそのもの的にも着床率が高く流産率が低いと考えられますが、
PGT-Aのもう一つの大きなメリットとして
「この胚には染色体異常がないからきっと大丈夫」
という心理的要因も少なからず成功を後押しするのかもしれない。
、、PGT-Aの成功例を目の当たりにすると、そんな風に思うことも多々あります。
、、、しかし、これも含めてあくまでも結果論です。
上記で紹介した相談者様と同等に、私の中で印象に強く残っているケースが以下相談者様です。
30代後半女性。
体外受精を控え、くにい治療院にも来院。
過去に移植陰性を繰り返していたため、通院されているクリニックで慢性子宮内膜炎検査をしてみることを勧める。
これが陽性で抗生剤投与後に完治。
その後、分割胚移植で陽性。
しかし、初期流産となり、染色体異常だった可能性を医師に告げられる。
PGT-Aのできる東京都内の別の不妊専門クリニックに転院。
その後、体外受精→PGT-A。
2つ正常胚ができる。
しかし、
1つ目の正常胚移植は陰性。
その後に臨んだ
2つ目の正常胚移植もまさかの陰性。
大きなショックと
「もう子どもを持つことができないのではないか」
という強い不安に駆られる。
しかしその後、PGT-Aを行わず
通常の分割胚移植に臨み、これが陽性。
無事に出産に至る。
ケース1の相談者様とは真逆で、結果的にPGT-Aが向かなかったであろう相談者様です。
2度の正常胚移植がうまくいかなかった理由は誰にもわかりません。
にも挙げましたように、PGT-Aにより胚が(目では確認できないレベルで)損傷してしまっていた可能性も否定できませんし、もしくはPGT-A自体が偽陰性だったのかもしれません。
これは個人的に思った仮説ですが、
この方が単純に
「胚盤胞移植自体が向かない人」
だったのかもしれません。
どういうわけか、「胚盤胞ではうまくいかない方が、分割胚だとうまくいく」というケースは時折目にします。
残念ながら流産となってしまった1度目の移植と、最終的に妊娠・出産に至った移植がどちらも分割胚だったことを考えても、その可能性もあるのではないかな、と個人的には思います。
(※PGT-Aは原則、胚盤胞まで培養されます)
これに近い内容は以前ブログに書きましたので、お時間があればご覧になってみてください。
ケース1の相談者様とケース2の相談者様、いずれも東京都内の不妊専門クリニックでPGT−Aを受けたと書きましたが、実はこの2名は全く同じクリニックでのPGT−Aだったことも付け加えておきます。
正式な形で臨床研究を行うクリニックがここ最近で増えているPGT-Aですが、実際には内々にPGT-Aを行なっているクリニックは数年前よりありました。
これまでの期間くにい治療院が、PGT-Aで正常胚と判断された胚移植に寄り添った総数はいますぐに正確に出すことはできませんが、あくまでも私の肌感覚として、その着床率は
7割前後
といったところでしょうか。
やはり
一般的な胚移植と比べて着床率が高い印象がある反面、それでも3割前後は陰性
となってしまっているというのが率直な感想です。
(※流産率に関しましては、正常胚からの妊娠ということもあり、妊娠後早い段階で鍼灸院には来なくなってしまう方も多々いらっしゃるので、予後が不明で言及できません)
また、もう一点付け加えるとすれば、
PGT-Aをすることで正常胚がなかなか獲得できず、移植に臨めないケースがある
ことも理解しなければなりません。
特に年齢を重ねるとこういった可能性は高くなりますので、移植あたりの着床率、妊娠あたりの流産率だけに着目するのではなく、PGT-Aによる正常胚獲得自体が大きな壁となることがある事実も考慮に入れなくてはいけません。
最後に、前に紹介した症例ケース1とケース2を含め、あらゆる方のPGT-Aを不妊カウンセラーとして俯瞰的にみていて私が感じたことを。
PGT-Aの臨床研究の結果にはまだもう少し時間がかかると思われますが、たとえ
統計的に
「PGT-Aは有効である」
と結論づけられたとしても。
最終的にはそれが
”その人に合うかどうか”
に尽きるのだろう。
。。ということです。
余談ですが、となるとこれは不妊に限らずその他の医療にもいえることで、
エビデンスに裏打ちされたものであっても、それが自分にも当てはまるのかどうかはまた別問題
ということになります。
「もしも自身が大病や難病に見舞われることがあったとき、果たしてどんな医療を受けることを選択するのだろう。。。」
最近はそんなことを考えてしまいます。
逆にいえば。
一般的に
「確率が高い」
といわれていることが、もしも残念な結果となってしまったとしても。
確率は確率でしかなく、
「その人にとって、もっと合う方法がどこかにある可能性」
は誰にも否定できない
ともいえます。
不妊に携わる不妊カウンセラーとして。鍼灸師として。
相談者様の可能性を最大限広げられるよう、これからも精進していこうと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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